女子たちは寒空の下も元気にナマ脚。
前略、 寒いですねぇ。 女子学生はこの寒い中でもナマ脚なんだけんど、それを見てエロな気分にならないようじゃ、もう終わったなぁ、の館長です。
いつの頃からか、彼女たちのその様を見ると、
「冷えないかなぁ」
と心配してしまう自分に成り下がっておりました。
冷えないのかなぁ…。
この気分をマトリックス風に言ってみたりもしました。
こんな、とりとめもない話はどうでもいいので、「とりともめない話」をしてみます。
これはもう一言で済みます。
なにしろ、鳥との共生を考える、ということです。
以上、「鳥と揉めない話」、御清聴ありがとうございました。
――とまぁ、これが最もとりとめのない話になってしまったわけですが、そんな話が他人との摩擦を生まないためには一番良いのだとつくづく思う年の瀬であります。
言いたいことを言う場は、それ相応の仲間と一緒にいる場でいいのですね。
職場や仕事上のお付き合いの場では、やはり言いたいことも言わずに我慢。 これも大事。 それが一番大事。
どれが一番大事か分かんなくなっちゃうのは「大事MANブラザーズバンド」だけでいい。
そんなわけで、言いたいことが言えないまま一年を過ごした人には、このマイクがオススメ!
忘年会では、これを使って無礼講だー。
やったね! これでもう言いたい放題、何でも言ってやれー。(そうだろうか?)
会社の忘年会だって、怖くなんかないぞー。(いいのだろうか?)
【本日のため息】

13人の男性有名人との関係を赤裸々につづった自叙伝『ふぞろいな秘密』(双葉社)を発売した女優の石原真理子(42)が6日午後、東京・赤坂プリンスホテルで会見した。会見では、ページが大きく割かれた不倫劇や心中未遂、DV(家庭内暴力)について名指しで書かれた歌手、玉置浩二(48)との関係についても重い口を開いた。

何やってんだろ? ってのが大方の感想ですね。
僕はこういう人の気が知れない。
ま、知れないままでいいんですけど。
「過去にいい恋をした13人の男性のことをそのまま書いた。どれも私の中で大切な思い出で、誇りに思っているのでウソをつきたくなかった。私を成長させてくれたその方々にお礼を申し上げたい」
―― って、誰も「ウソをつけ」なんて言ってないんじゃないかな。
黙っていればいいことじゃないかな。
御礼なら、その方法に間違いがあるんじゃないかな。
で、その13人は、

この方々だというのは、ふんと?
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【ちょっとビックリしたこと】
さあ、いつものようにモーレツに古い話題ですよー。
どちら様も、骨董品を見るような心構えでご覧くださいよー。
タラちゃんに妹ができるとは知りませんでした。
でも、名前、なんとかならなかったのかな。
他にいいのはたくさんあるだろうに…。
ウツボちゃんとかナマコちゃんとか。
【ちょっと考えさせられたこと】

「テルー―」は宮崎吾朗監督(39)の作詞。
歌詞の「心を何にたとえよう」が、一部で大正、昭和に活躍した詩人、萩原朔太郎の「こころ」の「こころをばなににたとへん」に似ていると指摘され、騒動になっていた。
同監督は、以前から「萩原さんの詩に感化された」と公言していたが、作詞は「宮崎吾朗」のみの表記。だがこの日、スタジオジブリの広報が「テルーの唄の作詞について記載される場合は『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』と表記していただくようお願いいたします」と初めて見解を出し、騒動に決着した。
うん、勉強になりました。
心は何かにたとえてもいいけど、歌詞はむやみにたとえてはいけない、ってことですね。
でも、この件はこのような決着として、例の松本零士と槇原敬之の盗作騒動はどうなったんでしょうか?
揉めてたのは知ってましたが、その後が分かりません。
参考リンク→槇原敬之に「999」盗作騒動
こういう問題は難しいですね。
似たもの(または同じもの)を作られた方としては、そりゃ怒りたくもなる。
でも、本当に白紙から創作して、結果的に似てしまったものはどうしようもない、というか、そこまでもを避ける術は無いのではないかと。
僕が書いてるこのような鼻クソブログにだってそういうことは起きうることでして、昔、「おまえのあの日記の内容、○○の記事のパクリじゃん!」とか言われたことがあります。 某巨大掲示板で。
そんなとこで言うなー、わしに直接言えー! って話ですが…。
僕はパクリはやりません。
「パクリなんだけど面白い」ものと「パクってはいないが面白くない」ものがあるとするならば、僕は進んで後者をとります。
だけど、だけど、そうしていても、結果的にどこかの誰かさんの書いたものと非常に似ることもあるかもしれなくて、でもそうはいっても、それを避けるためにこの世の日記やブログをくまなく見て回ることは不可能なわけで…。
そういうわけで、パクりだの盗作だのは難しいな、と。
でも、そんなことより難しくてサッパリ分かんないのは、上記のお二人が揉めたセリフです。
「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」(槇原敬之)
「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」(松本零士)
分からん。 残念ながら僕には分からん。

んー、つまり、裏切り者はいないっつーことだ。
―― へのコメント。





