ここは2020年までの倉庫とします。
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祝う日? 悼む日? 東日本大震災から2年。
前略
僕にとってはけっこう長い2年でした。
館長です。
東日本大震災から2年。
亡くなった方々に心からお悔やみ申し上げますとともに、今もなお苦しんでおられる被災者の方々には心からお見舞い申し上げます。
僕にももっとチカラがあればいいんですけど。
小銭を募金箱に入れることぐらいしかできない非力です。
世の中のお役に立つためには、才能かお金が必要ですね。
NHKのツイートが炎上しましたね。
このツイートの根本的な「言いたいこと」は、誰もが分かっていると思います。
言ってる内容も間違ってはいないでしょう。
でも、叩かれるに決まってます。
立場を考えてない。 配慮が無い。
リンク先のコメントにもあるように、
「だったら、毎日が誰かの誕生日だし記念日だ。毎日お祝いを言ってるならいいけど、わざわざ多くの人が大きな悲しみを感じる日に言うな」
ってことだと思います。
誕生日の人がお葬式に参列したからって、ハッピーバースデーを歌うか?
確かに、2年前の今日、まったく辛い思いをしなかった人もいるでしょう。
それどころか、幸せな日だった人もいるかもしれません。
僕にとっては、あの日の地震は人生でいちばん怖い思いをしたのは確かですが、それ以上のものではありませんでした。
それより、あの頃の僕を悩ませていたのは、妹のガン入院と父の意識不明でした。
つまり、あの頃の僕の苦しみは、震災とはまったく関係の無いところにあったわけです。
こんなこと言ったら怒られると思いますが、言ってしまいますことをお許しください。
あの当時の僕は、「震災どころではなかった」というのが本当のところです。
(こんな物言いは特に被災者の方々には失礼だと思います。あの頃は自分の家族のことという小さな範囲しか頭に無かったです。でも今では人並みには震災の犠牲者、被災者のことを考えられるようになったと思ってます)
当時、父のいるICUには頻繁に通っても、被災地に行こうなどとは少しも思えませんでした。
日本全体の悲しみと、僕個人の悲しみが完全に乖離していたのがしんどかった。
まさか、被災者が重すぎる悲しみ・苦しみを抱える中、「うちは今こうなってて辛い」なんて言えるわけがない。
「日本が一大事の時に、自分のことしか考えられないのか」
「もっと辛い人たちが、たくさんいる」
――と、面と向かっては言わないでしょうけど、みんなそう思いますよね、きっと。
だけど、今思うと、悲しみや苦しみなんて、人と比べられるものではないですね。比べるべきでもないと。
人それぞれに悲しみ、苦しみ、もちろん喜びも幸せもあって、それは量れるようなものではないし、まして優劣なんてないでしょう。
その意味でも、NHKのツイートは正しいことは言っていると思います。
同じ3月11日でも、違った悲しみ、喜び、お祝いごとなど、人それぞれあるでしょう。
だからこそ、黙祷を強要するのもおかしいですし、あえて「おめでとう」とツイートするのも余計なこと。
NHKは、ご自身のこのテレビ欄のごとく、白紙でいれば良かったんです。
どんな3月11日を過ごすか、
どんな3月11日になるか、
――それは人それぞれ、ということで。
いずれの悲しみも、早く薄れますように。
―― へのコメント。